こんこんこん

こころ動くこと

今日子はまた資料を取り出して明日香に見せた。その資料はネガティブ思考を治すと書いてある。

<自分にぴったりだな。私って昔からネガティブで暗くて人から嫌われてきたもんな>明日香は憂うつさが増すような気分になった。

「明日香さん、ネガティブ思考って悪い物じゃないのよ」

今日子の言葉に明日香は驚いた。

「え?でもネガティブ思考を治すって書いてありますけど」

「うん、そうね。でもネガティブ思考にもメリットはあると思うの。じゃなきゃ、人間意味のないことはしないでしょう?ちょっと考えて見てよ」

「う〜ん。そうですね」

明日香はそう言われてもなかなか思いつかない。<ネガティブ思考の良いところってある?しんどいし>、そう思いながらも一応今日子の質問に答える。

「え〜と、用心深くなるところですかね」

「おっ良い答えだね。」

今日子にそう言われ、明日香は胸をなで下ろした。<この手の質問は苦手だ、間違っていたら恐いもんね>

「何が言いたいかというとね、結局バランスなのよ。楽観的過ぎても問題は起こるし、ネガティブ過ぎてもまた問題になる。明日香さんの今の状態は希望が見えない状態よね。絶望している時には、極端に思考のバランスが崩れた破滅的思考が強い状態になりやすいの。こういう思考には、確かな根拠もないのに物事を極端に悲観してしまう「結論の飛躍」と呼ばれるの」

「結論の飛躍?」

「そう、結論の飛躍思考っていうのは、妥当な根拠もなしに否定的な結論に飛躍してわかるはずのない将来を決めつけてしまうことをいうの。

例えば、 明日香さんがさっき言った

・自分にみたいなメンヘラにこの先彼氏なんて出来るはずがない。

・それに達也みたいないい人は絶対に他にいない。

・自分はこのままひとりぼっちだ。

これって根拠はあるかしら?」

「根拠?はっきりとしたものはないです。ただなんとなくそうかなぁと」

「そうでしょう?きっとこれまでそうだったからとか、そんなところからその考え方はきているんじゃない?

明日香はどきっとした。<確かにそうだ>

「明日香さんは、これからカウンセリングも受ける、大学にも復学する。これまでとは違う状況になるんだから考え方も違って当然よね。それなのにこの先これまでと同じ未来になるかしら?」

「はい、たしかに。うーん」

「じゃあもう少しやってみよう。自分みたいなメンヘラにこの先彼氏なんて出来るはずがない。この思考で次の5つの質問に答えてみて」

明日香は今日子に渡された資料を目にした。その資料は書き込み式のワークシートになっていた。一番始めにターゲットとなる思考<  >と書いてある。ここに<自分みたいなメンヘラにこの先彼氏なんて出来るはずがない。>を入れるのか。次の段階に進むとこの思考に対して5つの質問に答える形式になっている。まず一つ目から考えて見る。

①その考えがそのとおりだと思う理由は?

明日香の回答:メンヘラを好きになる人は少ないと思うから。

 

②   その考えと矛盾する事実は?

明日香の回答:少ないけれど、ゼロではない。

 

③   その考えのままでいるデメリットは?

明日香の回答: 何も変化しない。気分が悪くなるだけ。

 

④   親しい人が同じ考えでいたら何と言ってあげる?

明日香の回答: 世の中にはたくさんの人がいていろいろな趣味の人がいる。一生彼氏ができないなんてわからないと思うよ。

 

⑤   自分にどんなことを言ってあげると楽になれそう?

A さんの回答:今は新しい恋愛なんて気分になれないかもしれない。でも一生彼氏ができないなんてあきらめなくて良いと思うよ。

明日香は自分の考えはやはり極端だったなと感じた。

「どうだった?結構書けているじゃない。」

「はい、一応、③番までは自分で書いていて落ち込んできましたが、進んでいる内に一生できないなんてわからないよなと思いました。100%信じられているわけじゃないけど」

「うん、いいね。今の時点で100%信じることなんてできなくて当然だよ。ただ大事なのは、考え方はひとつじゃないことに気づくことが1番大事なの」

「うん、たしかに」

「このワークはね、思考の振り返りといって偏った思考をバランスの良い考え方にする方法を目指したものなの。心理学の中では、認知療法と呼ばれる方法よ。思考のクセは根強いから何度も何度もチャレンジしてみると少しずつ思考が変化してくるわよ」

<なんかめんどうくさいな>

「面倒くさいって思うかも知れないけど、ネガティブなところを治したいなら効果はあるわよ。」

明日香はまた自分の心を見透かされたようで驚いた。続けて今日子は、

「じゃあ今日はそろそろ終了時間だから来週までの宿題を出すわよ」

「え?もう?」

カウンセリングは1時間だがあっという間だった。

「週に一度のカウンセリングじゃ出来ることは限られてる。やっぱり自分がどのくらい努力するかにかかっているからね。」

そう言ってどーんと明日香の前に思考の振り返りワークシートを置いた。

「今日子先生、これ全部やるの?」

「当然でしょ?どうせあなた暇なんだから」

今日子先生のカウンセリングは思った以上にスパルタなようだ。でも明日香は今日子について行けば今と違う状況になるのではないか?そう感じている。