こんこんこん

こころ動くこと

〇×大学カウンセリングルーム

今日は、6回目カウンセリングだ。6回目ともなると明日香は、ここに来るまでに緊張しなくなっていることに気づく。最近は気分がいい日も多い。今日子に言われたようにウォーキングは明日香の日課になっている。

「今日子先生、こんにちは」

「明日香さん、こんにちは、日に日に顔色がよくなってきているわね。」

「ありがとうございます。うれしいです。」

「今日からコミュニケーションの練習ね。」

「はい、お願いします。」

「明日香さんは、先週コミュ力がUPすれば問題は解決するといったわよね。」

「はい、そう思っています。」

「じゃあ、コミュ力が高いって具体的にどういうイメージ?」

そういわれて明日香は言葉に詰まってしまった。<そういえば、コミュ力が高いって具体的に考えたことなかったな>

「うーん、話が面白い人ですかね?話題が豊富とか、わたしは話が面白くないとか、どうしたいのかわからないって言われてたんです。」

明日香はこれまでの人間関係を思い出していた。人の顔色を窺って思ったことが言えない、いやなことも我慢しいてしまう。だから友達といても疲れることが多かった。

「じゃあ、まず明日香さんには、自己主張の方法を学んでもらおうかな。」

今日子は今回も明日香に新しい資料をくれた。その資料には、アサーションと書いてある。

アサーションとは?

アサーションとは、相手とのかかわりにおいて、自分も相手も大切にするコミュニケーション技法です。  他者とアサーティブにかかわることで自分の気持ち、考え、信念などが正直に率直に、その場にふさわしい方法で表現されます。このような表現は、余裕や自信に満ちており、自分がすがすがしいだけでなく、相手にもさわやかな印象を与えます(平木, 1993)。

アサーションが明日香さんのコミュ力UPに役立ってくれると思うわ。まず、明日香さんがコミュ力が低い原因は、自己主張が苦手なところだと思うの。自己主張が苦手な人がなぜ苦手かというと、

・相手に嫌われるのが怖い

・相手との対立が怖い

 

ことなどが原因として考えられるの。これって自分の本音はないがしろにして、我慢ばかりして、そんなんじゃストレスがたまってコミュニケーションを楽しめないわよね。」

「はい、その通りです。人に嫌われるのが怖いからいやなことも我慢してへらへら笑っていました。」

「うんうん、そうだったんだね。 そこをすこしずつアサーションで変えていこう。」

「はい!」

「じゃあ、具体的にアサーションを説明するね。」

今日子は資料の続きを説明した。

■アサーティブなかかわり方を理解しよう!

コミュニケーションの型には主に3つあります。

1、   ノン・アサーティブ(ひっこみ型)

自分の欲求よりも相手の欲求を優先します。対立は避けることができるかもしれませんが、不満は残るかも知れません。

2、   アグレッシブ(攻撃型)

相手の欲求よりも自分の欲求を優先します。自分の欲求は通すことができますが、相手と良い関係を築くことは難しいでしょう。

3、   アサーティブ(率直型)

自分の気持ちを率直に表現し、同時に相手の欲求も大切にします。お互いが納得する形を探すのでどちらかに負担がかかるということはありません。

「明日香さんは、このアサーティブ(率直型)で人と関わることで自己主張の苦手さを解消してコミュニケーションを楽しめるようになると思うの。」

「はい、なかなか難しそうですが。頑張ります。私は完全にノン・アサーティブ型でした。いつも自分が我慢したくせに不満ばっかりため込んでいました。」

「うん、今まではね、でも明日香さんは私とのコミュニケーションではきちんと自分がどうしたいかとか自己主張できている部分もあるわよ。」

「そうですか?ありがとうございます。」

明日香はまた今日子に褒められたことがうれしかった。褒められることでモチベーションが上がるのは明らかだった。<よし、今週はアサーションを頑張ろう。>

「じゃあ、練習してみましょう!まず私が例題を出すからアサーティブなコミュニケーションにしてみてね」

「はい、がんばります。」

「じゃあ、問題です。明日香さんが授業に出て板書したノートを同じ授業を取っている子が貸してと言ってきました。しかし、明日はテストがあります。明日香さんはそのノートで勉強したいので貸せないのが本音です。明日香さんはどう答えますか?」

「うーん、明日テスト勉強しなきゃいけないから貸せないの。ごめんね。でしょうか。」

「うん、そうだよね、でも明日香さん本当にそれ言える?」

「いや、ちょっと無理かな。」

「でしょ?いくら教科書的には正解でも自分が使えないと意味ないからね。明日香さんがそんなにさらっと断れるんだったらいいけど、キャラ的に難しいでしょ?アサーションは自分も相手も大切にするコミュニケーションだからね。例えば、こんなのはどう?」

今日子は例を挙げた。私もテスト勉強しなきゃいけないから1日は貸せないけど、

・すぐに返してくれるならコピーとってもいいよ。

・今スマホで写真撮っていいよ。

・今ぱらぱらっと見て大事なところメモってもいいよ。

「これだったら、相手も明日香さんも困ることなく済みそうよね。明日香さんもこんな感じなら相手の顔色を窺わずに断れるんじゃない?」

「確かに、そうですね。」

明日香は自分にもできそうだと思いうれしくなった。

「でもね、いつもアサーティブじゃなきゃいけないって言いたいわけじゃないのよ。ノン・アサーティブもアグレッシブも必要な時はあるわ。例えば、もし都合よく明日香さんのことを使おうとしている人がいる場合アグレッシブ型でびしっと断ることが必要な場合もあるよね。」

「はい。」

「だから、大事なことはいつもアサーティブじゃなきゃいけないってわけじゃなくて、これだとなんか義務っぽくなってできなさそうでしょ?大事なのは、バランスよく使っていくことなの。何かひとつに偏るんじゃなくね。」

<うん、それだったら少し頑張ればできるかも。>

「すこしずつ自分のコミュニケーションのパターンに入れていくことが大切よ。これは練習あるのみだからね。」

「はい、やってみます。」

「今までのパターンを変えることって勇気のいることだから本当に慎重にできることから出大丈夫。でも毎日少しずつでも変えてみることで数か月、1年後にはすっごく変われるからね。」

「はい」

「これまで6回のカウンセリングで、明日香さんは、ネガティブ思考を修正するワークやそのネガティブ思考のリフレーミングを学んできたわよね。少しずつ考え方が変わってきているとか感じることはある?」

明日香はそういわれて最近の様子を振り返ってみた。宿題で出されていたネガティブ思考のワークや失恋を乗り越えるノートワークも続けている。それらがだんだん慣れてきて生活の一部になってきていた。<そういえば、思い詰めて消えてしまいたいって思ってたのにそんな風に思うことはなくなっている。ネガティブループが始まったらウォーキングするし、SNSに感情を垂れ流すのもなくなったな。今思えば本当に恥ずかしい>

「消えたいとか死にたいとか考えなくなりました。つらい気持ちはもちろんあるけど、頑張りたい気持ちのほうが大きいんです。」

「そう、それはとてもいい方向に向かっているわね。自分のメンヘラは今どのくらい治っていると思う?10がものすごく治っている、0が全然治っていないとしてどうかな?」

「うーん、5くらいかな。少しポジティブになってきましたし、少しは外にも出られるようになってきたし。」

「そっか、じゃあこれからもっと人と関わる機会を意識的に増やしていくといいかもね。」

「そうですよね。自分だけじゃアサーションの練習もできないし、何か考えてみます。」

「うん、この調子で頑張ろう。」

明日香はまた前向きな気持ちで帰っていった。今日子も明日香の成長を感じている。