こんこんこん

こころ動くこと

カウンセリング当日

〇×大学カウンセリングルーム

「明日香さん、はじめましてカウンセラーの今日子です。よく来てくれたわね。」

「はじめまして」

明日香は今日子を見て驚いた。今日子はロングヘア―が似合う長身のさばさばとした美人であった。明日香はカウンセリングを受けるのは初めてだったが、もっと暗い地味な感じの女の人がカウンセラーのイメージだったので驚いた。少し雑談をして緊張もほぐれたところで今日子は言った。

「明日香さん、今だいぶメンタルの調子が悪いみたいだけど、困っていることはある?話せる範囲でいいから話してみてくれない?何か助けになることができればと思うから」

そう今日子に言われ、明日香は大学で友達とうまくいかなくて休学したこと、家族と折り合いが悪いこと、達也と別れたこと、今が過去最高に悪い状態でこれからどう回復していくのかわからず、このまま苦しみが続いていくのであれば、もう消えてしまいたいと考えていることを思わずノンストップで泣きながら話してしまった。

「そうなんだ、とても大変な状況なのね」

今日子は中座して何か資料を持ってきた。

「明日香さんの今の状況はね・・・」

Alloy et al., (1989) の研究を用いて説明した。

Alloy博士たちの研究グループでは、今の明日香さんのような絶望したときの抑うつ症状を絶望感抑うつと呼んで、その症状がまとめたの。例えば、人が希望を持てない状況ではこんな感じの9つの症状がでてくるの」と明日香に説明した。     

 

  • 自発的反応の遅れ・・・自分から何かしようとする気がなくなる。
  • 悲しみ感情・・・悲しい気持ちを感じることができない。
  • 自殺・・・死にたいという気持ちが出てくる。
  • エネルギー欠如・・・何をするにも気力が足りない。
  • 無気力・・・何もする気が起きない。
  • 心的運動の遅延・・・感情が鈍くなる。
  • 睡眠障害・・・眠れない。
  • 集中困難・・・集中できない。
  • 気分の悪化・・気分が憂鬱、すっきりしない。

 

「今の明日香さんの状況によく似ているでしょう?でもそういう風になるのは普通の反応で何もおかしいことじゃないのよ」

明日香は今日子からそう説明されて自分の状況が異常ではないことに安心感を覚えた。<でもこの先どうすればいいのだろう。本当にこの辛さはどうすればいいのだろうか?>そんなことを考えていると、その心を読んだかのように今日子がまた口を開いた。

「明日香さんは、こんな状況から回復したことないわよね。だからこの先どうすれば元の状態に戻れるのか、回復できるのか不安なんじゃない?」

その通りだったので、なにも言わず明日香はうなづいた。

今日子はまた別の資料を取り出して

「先がわからない状態で何かするって怖いわよね。明日香さんはカウンセリングを受けながらこんな風な回復の道をたどるはずよ。フィンクの適応理論を使って説明するわ」

明日香はきょとんとしながら今日子のほうを見た。

「フィンクの適応理論っていうのはね、危機を経験した本人がその状況を受け入れていくプロセスなの。そして、そのとき支援を求めた場合にどのように支援者が苦しんでいる人に寄り添っていくのかを説明したものなの」

そう説明されても明日香はさっぱりわからない。今日子はすぐに明日香が理解していないことに気づき、

「じゃぁ具体的に説明するね」

そういって資料を見せた。

資料:危機を経験した本人の適応までの過程

 

・衝撃・・・・・・危機を経験するとパニック状態になる。

・防御的退行・・・その出来事は現実には起こらなかったのではないかなどと考える。

・承認・・・・・・怒りや悲しみなどの感情が生じる。

・適応 ・・・・・・新しい価値観を見出す。

「これが危機を経験した人の回復までのプロセスよ。この理論から言うと明日香さんは今は“衝撃”のところにいるかな」

そして、その危機を経験した明日香とカウンセラー今日子は以下のように寄り添うことになることを説明した。

「そして、カウンセリングを受けるとカウンセラーは明日香さんこんな風に明日香さんの手助けをするのよ」

といってまた資料を見せた。

資料:危機を経験した人と関わる支援者の過程

・衝撃・・・・・・・・まずは、安全を確保し、静かに見守る。

・防御的退行・・・・・本人を否定することのないようにありのまま受け止める。

・承認・・・・・・・・本人が問題を解決できるように援助する。

・適応・・・・・・・・努力したことを認め、成果をフィードバックする。本人のモチベーションが高まるよう支援する。

「じゃぁ私が衝撃のプロセスにいるってことは、今日子先生は、安全を確保し静かに見守るっていうことですか?」

明日香は聞いた。今日子は、

「そう、この理論でいうとそうなるわ。この理論は看護の現場などでよく使われているの。必ずこの通りに進む場合ばかりじゃないけど、今の先が見えなくて怖い思いをしている明日香さんが見通しを持つきっかけになればいいと思うわ。」

そう、やさしくも自信の感じられるまなざしで今日子は答えた。明日香は今日子のカウンセリングをうけてみようかなと思えるようになった。